最近どう? ウロボロス通信


42、  2500年前の言葉  2003−9−7
突然ですが『論語』の事は、ご存知ですか?
孔子や孔子に教えを受けた弟子達がまとめた、簡単にいうと名言集みたいな物です。
現代社会においても十分通用する部分もある、とても2500年も前に書かれたものとは思えないほどです。
『ごもっとも!』、『それが言いたかった!』というのが、これでもか! の勢いで出てきます。
宗教ではない事も良いです。(ちなみにBAN東は宗旨はありません。 あえて言えばシーバス教=シーバス狂ってとこですかねぇ)
単純に『論語』の引用だと知らずに使っているのも多々ありますけどね。(温故知新・過ぎたるは尚及ばざるがごとし 等など)

まずは言葉の解釈について軽く説明を。
『仁』:孔子の理想とした道徳観念。 定義は様々で、一言では現せないほど多様。
『礼』:社会秩序を保つ為の作法。
『君子』:徳の高い人格者。 学問や修養を志す人も含む。
『忠』:良心を偽らぬ事
『恕』:他人への思いやり、寛大な心
『子』:論語の中では、主に孔子の事を指す

さて、『論語』の素晴らしい所は、色々な解釈が出来るところにもあります。
当然ながら、日本のシーバスゲームに当てはめる事も出来ます。
例えばストレートな所では、

『子、釣りして網せず。 よくして宿を射ず。』
(孔子は釣りはしたけれども、網では魚を捕らなかった。 また鳥は射ったが、巣や枝で休んでいる鳥は射たなかった。)

当時にキャッチ&リリースの概念なんか、形も有りはしないと思いますが、それでも自然を、生き物を大切にする気持ち、というのは存在していたようです。
ましてや物溢れの現代において、趣味の釣りとした場合には、
もっとゲーム性を重視したスタイル(キャッチ&リリース、バーブレスフック等、但しライトラインは要らネ!)が、定着しても良いような気がします。
続いて、

『これを知る者は、これを好む者に如かず。 これを好む者は、これを楽しむ者に如かず。』
(〜を知る者は〜を好きな者には及ばず、〜を好きな者も〜を楽しむ者には及ばない)

これ や、 〜 の部分には何をはめてもしっくりきます。
別に段階の事のみを指しているわけでは有りません。
釣りも、どうせやるんだったら、楽しむ事の出来るところまでいきたいもんですよね。
でも一足飛びに行ける訳じゃありません。
色々な知識、心構え、装備、道具、そして何よりも経験が必要になってきます。
それらについては別で語るとして、次


『学びて思わざればくらし。 思いて学ばざればあやうし。』
(本などを読み漁るだけで思索を怠ると、知識が混乱するばかり。 また空想にふけるだけで読書を怠ると独断しがちになる)

釣り雑誌やネットを見ると色々なネタが転がってます。
信憑性の有るものから、突拍子も無いもの。
結局、信じる信じないは御当人次第なんですが頭でっかちではイカンし、実際に実行に移さない人間は思いっきり間違った選択をしてしまう恐れもある という事だと思います。
シーバスでいうとやたらカラーについてこだわり過ぎるとか、フィールド記事、Webを見て先入観・思い込みのみで釣りする人は要注意ですよ。
まあ、身近に良く出来た師匠でも居れば良いんですがね〜。
次は、

『利によりて行えば、怨み多し。』
(何事も利益本位で行うと、必ず多くの怨みを買う事になる)

そのまんまです。 釣り業界の中で、最近目立ってきているような・・・。
あんまり深入りしたくないので次、

『子、四を絶つ。 意なく、 必なく、 固なく、 我なし。』
(孔子には次の4つの欠点がなかった。 勝手な臆測をする事。 考えを押し付ける事。 固執する事。 自分の事しか考えぬ事。)

言いたい事はだいたい判ります。 が、言葉をそのまま真に受けすぎると単に『つまんね〜奴』になりますので、ご注意を。
では次に、

『過ちて改めざる、これを過ちという。』
(人が過ちを犯す事は免れないが改めれば良い。 過ちを犯しても改めない事、それが本当の過ちだ。)

ここでいう過ちは、殺人のような人道に外れたような事には適用されません。 っていわなくても判るか。
釣りで言うとゴミ問題・立禁問題ですかね〜。
悪名高きリサイクル法により、都会で人が少ないような釣り場は粗大ゴミが増えて来ているのに、その上 釣り関連のゴミを見かけると本当に悲しくなってしまいます。
また客観的に世間一般からアングラーを見た場合には、単なる物好きや変わり者にしか見えない為、そんな奴等を敷地内に入れたくないし、万が一事故でも起こされた日には、責任だけは取らされかねないので、東京湾のどこもかしこも立禁・釣り禁表示になっているのはしょうがないのかもしれませんね。
でもそれらを今後改めて行く、 と言う事は絶対に必要だと思うんですよ。
最初は偽善だ なんだかんだと言われてもね。
そして最後に、

『人よく道を弘む。 道、人を弘むるにあらず』
(人が道をひろめるのであって、道が人間をひろめるのではない)

結局行動を起こすのは、あなた自身の考えでなければならないって事ですなぁ。

え〜、なんだか全体的に堅っ苦しい話になりました。
でも素直に認めたくなったり、納得するような事ばっかりだったでしょ?
まだ『論語』の、ほんの さわり なので、他のが気になったら自分で調べてみてください。
2500年も前に、現代の問題発生時に手本となるべき考え方が出来てた訳で。
そして2500年経った今でも人間は問題解決できず、いつまで経っても『懲りない奴』ということの証明かもしれませんね。

 


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